常夏ロマンス

 001
「まあっ!こんなに美味しいもの、はじめて頂きましたわ!」
土御門家の女房たちは、互いに顔を見合わせ、口を揃えて感嘆の声を上げた。
彼女たちの手に添えられているのは、細やかな細工が施された金属の小鉢。
その中には真っ白な雪の塊が、こんもりと盛られている。
「毎年いただく削り氷と全然違うお味!甘酸っぱくて、何て爽やかなんでしょう」
普通ならば、こうして削られた氷の上にかけるのは、甘葛などを煮詰めた汁と決まっている。
しかし、今年は少々違った。
盛られた白い雪玉の上に、ピンクや赤、オレンジなどの色が染み込んでいた。
「美味しいでしょう?詩紋くんと一緒に、果実を煮込んで作ったんですよ!」
甘葛の汁も、さっぱりした味わいでなかなか良い。
でも、もう一工夫してみたい…。
現代っ子であるあかねや詩紋が、当然思うところでもある。

--------ねえ詩紋くん、野いちごとかでシロップ作れないかなあ?
きっかけは、あかねの一言だった。
厨房の手伝いが日課となっている詩紋は、買い出しに出掛けて行くことも多い。
既に馴染みの店もいくつかあるようで、彼に頼むと新鮮なものを買って来てくれると、女房たちに絶大な信頼を得ている。
食卓に並ぶ魚介類や野菜などの他、趣味の菓子作りに役立てようと、果実も常に購入してくる。
桃や杏、柑橘や野いちご…。
あくまでも自然に育てられたものばかりだが、手を加えるとなかなか使える。

夏の暑さが増して来た頃、女房が"そろそろ削り氷の季節"と言った。
削り氷とは、言葉通り氷を削ったものである。
それらに甘葛などの甘い汁をかけて食べる…まあつまり、現代で言うかき氷と同等のものだ。
電気などないこの世界では、氷といえば氷室で保存した冬の氷を使う。
故に、そうそう気軽に食べられるものではないし、氷を受け取れるのも上流階級に限られる。
左大臣の土御門家でさえも、待ち焦がれる夏の味だ。
そんな貴重なかき氷ならぬ削り氷。
どうせなら、いつもと変わった楽しみ方も良いのでは?と、あかねの提案から特製シロップの制作が始まった。


「おおっ、良いもん食ってるじゃん!」
武士団の一仕事を終えて、汗を拭きながら天真が戻って来た。
涼しげな彼らの姿を見つけると、あかねの隣に腰を下ろして小鉢を覗き込む。
「天真くんの分もあるよ。何が良い?桃のシロップといちごのシロップと、みかんとあんずとかもあるよ?」
「何だか全部甘ったるそうだなあ〜」
「いいえ、甘すぎず酸味があって、とても美味しゅうございますよ」
藤姫の小鉢には、オレンジ色のあんずシロップがかけられている。
甘く煮詰めた果実もたっぷり添えられ、なかなか豪勢なフラッペ仕立てだ。
「じゃあ、俺は定番いちごにするわ」
「いちごね!詩紋くん、いちごシロップおひとつ追加ー!」
「はーい、少々お待ちくださーい」
ぱたぱたと厨房に向かって、詩紋は駆けて行く。

空は雲ひとつない、真っ青。
陰りがないから太陽の光も、そのまま地上へと突き刺さる。
池の水面が、時折かすかな風で揺れ動くと、その光がきらきらと輝いて。
「くそ暑いけどなー。でも、これぞ夏って気もするよな」
「うん。涼しい方が良いけれど、暑くなきゃ氷も美味しくないもんね」
じっとしていても、たらりと汗が流れる暑さ。
衣類は出来るだけ薄手を選んでいるが、それでも完全に涼しいとはいえない。
けれど、御簾で陽射しを少し遮り、ひんやりした簀子の上でわずかな風を感じつつ、氷を味わう夏というのも良いものだ。

「天真先輩、頼久さんは来ないの?」
いちごシロップの氷を手に、詩紋が戻って来た。
「俺も休憩しろって言ったんだけどさあ、厩の見廻りをしてからじゃないと…とか言ってさ。ま、そろそろ来るんじゃねえの」
受け取った氷を、さっそく天真は口に運ぶ。
冷たさが一気に駆け抜けて、きーんと頭が痛くなるが、これもかき氷の醍醐味。
「暑いのに無理してると、熱中症とかになっちゃうんじゃないかなあ」
「融通きかねえからな、アイツ」
そう、炎天下とはいかなくても、風通しの悪い屋内でも熱中症はあり得る。
馬のために風通しは良くしてあるが、水分もろくに取らなくては危険だろうに。

「その点、友雅らは良いよなあ。涼しい内裏で仕事してんだろーし」
鷹通は治部省で、戸籍書類などの事務作業。
泰明はおそらく陰陽寮か自宅で、晴明の仕事を手伝っているだろう。
そして友雅は左近衛府。
武官なので、何かと外の見廻りなどで忙しいだろうと思いがちだが…おそらく彼のことだから、そうでもなさそうだ。
「あいつがそーいう、面倒なことをしそうにないしな」
「そうですわねえ〜」
この蒸し暑い中、わざわざ自ら鬱陶しい炎天下に出て行くはずが無い。
何かと言い訳をつけて、サボるくらい容易いだろう。

「そ、そんなことないよっ!友雅さんも、いろいろ今は忙しいからって、そう言ってたものっ」
天真と藤姫がうなずきあう中、ぱっと間にあかねが割って入った。
「こないだ相撲節が終わったばかりだし、観月宴の用意とかもあるし、だから友雅さんも一生懸命で……っ」
そこまで言ったあとで、あかねは皆の視線が自分に集中していることに気付いた。
つい、思わず友雅のことを言われて、口が勝手に動いていただけなのだが。
「そっ、それにほらっ…鷹通さんだって、のんびりお仕事なんてしてないと思うし!定考が近いし…」
慌てて鷹通の話を、取って付けたように加える。
確かに六位以下の者にとっては、定考が近いのでプレッシャーもあるだろう。
さすがの鷹通も、少しは緊張した毎日を送っているに違いないし。

と、天真がくっくっと笑い出す。
「わーかったわーかった!旦那を小馬鹿にして悪かったって!」
「だ、旦那って!別にそういう意味じゃ…」
天真の大きな手が伸びて来て、あかねの頭をくしゃっと軽く撫でる。
まるで詩紋をちゃかす時みたいな、ふざけ半分の手つき。
「そうでございますよ天真殿。少将様はあかね様にとって、大切な殿でいらっしゃいますもの。過ぎたお言葉は好ましくありませんわ」
「へえへえ、わかりましたー」
女房たちにも正されて、ぺこりと天真が頭を下げる。
にこにことした笑みを浮かべ、こちらを見る彼女たちの視線もまた、あかねにとってはくすぐったい。

「おそらくあかね様の為にもと、自らお勤めをきちんとされていらっしゃるのですわ。ご立派ですわねえ、姫様」
「…………ええ、そうですわね」
ぱくり、と冷たい氷を口に運ぶ藤姫。
だが、その答える口調はと言えば、どこまでも棒読み調子であるからにして。

ああ…藤姫、絶対に本音で答えてないし。
あかねを間に挟んだ友雅の藤姫の攻防は、まだまだ終わりが見えない。



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Megumi,Ka

suga