素直な戯れ言

 001
言葉にしてしまえば、簡単なこと。想いを伝えるためには、6つの文字をつなげればそれで良い。
だけど、あっけないその一言が、どれほど深く心に染みこんでくるのか……最終的には相手の性格に委ねられてしまう。
簡単だからこそ難しい。



秋風も彩りを深め、肌寒い日が多くなり始めていた。紅色に染まる庭を眺めながら、周りに人の気配がないことを見計らうと、あかねは床にごろんと寝転がって目を閉じた。
テレビも机も本棚もない、現在のあかねの私室。広くて殺風景な畳敷きの間取りは、生まれ育ったフローリングの部屋とは運例の差だ。
深呼吸をすれば、庭にそよぐ風がそのまま身体に吸い込まれる。
気持ちいいはずなのだが、何故か気分がすっきりしない。

……全部、彼のせいだ。



会いに行ったのに、彼はそこにいなかった。
行方さえも分からずに、ただそこから立ち去るしかなくて帰り道を急いだ。
一人で歩く道のりが、こんなに心細かったなんて気付かなかった。
ずっとそこに、ぬくもりがあったから。

会いたくて。会えなくて。
なのに……会いたくないときに、そんな姿を見つけてしまうなんて悪すぎる偶然だ。

会いたくなかった。あなたを見たくなかった。
他の女性と話しているあなたの笑顔なんか、見たくなかったのに。


「綺麗な人だったな………」
夕暮れの帰り道。とある屋敷から友雅が出てくるのを見かけた。彼はそこの女主と思える女性と、何やら楽しそうに会話していた。
内容までは聞こえない。ただ、その表情がいつになく和やかに見えて………胸が痛んだ。

-----友雅さんに会いたくて出掛けたのに。なのに……あんな友雅さんになんか会いたくなかったよ。

嫉妬している自分に気付く。
自分以外の女性の前で、あの笑顔を見せつける姿が耐えられない。
彼の笑顔を独占したい。微笑みかけるのは、自分だけであって欲しい。
口にしなくても、ずっとそんな事を考えてる。
愛の言葉を差し出されたからこそ、その想いは募る一方。『愛している』はタチの悪い魔術の言葉。
嫉妬深くて、独占欲が強くて。
嫌な女になっていく、そんな変化が自分で嫌だ。


素直に信じていいのかどうか。悩みはいつも尽きない。
そう同じ事を繰り返し繰り返し考えても、結局は振り返ってしまう自分が情けないと思うけれど。
どうにもならない。どうにもできない。その言葉を聞けば、胸が熱くなる。
惹かれ始めた時から、こうなることは分かっていたのだ。心の調律なんて、そんな器用なことなど出来るはずがない、と。


■■■



「我が姫君は、一体どうしたというのかな?」
土御門家にやってきた途端、友雅の前に立ちはだかったのは小さな少女の睨むような瞳だった。
「友雅殿にはお会いしたくないと、神子様はおっしゃっております」
幼い声なのに芯の通った声は、倍以上も年上の友雅さえも威圧するほどの強さを持っている。それは彼女の強固な意志のせいなのか、それとも彼女が生まれついた星の一族の力なのか。
「理由を聞かせてもらえないと、私もすんなり立ち去る気にはなれないねえ…。体調を崩したわけではないんだろう?」
「神子様はお元気でいらっしゃいますが、友雅殿にはお会いしたくないとのことですわ」
これはかなり頑丈な防壁だ。あかね自身も頑固なところがあるし、その彼女を取り巻く藤姫たちの姿勢は、それさえを上回る。
友雅は少し困ったように溜息をついた。
「…私でなければ、お会いすると言うのかい?」
「……そうです。お部屋に通さないよう申されたのは、友雅殿だけですわ。」
となると、他の男ならばあかねのそばにいることが出来るということか。同じ八葉である頼久や泰明、イノリや鷹通……広く言えば、それ以外の武士団の男でさえも構わないと。
ただ、自分が近付くことだけは許さないと。そういう意味か。

「ということですので、お引き取り下さいませ」

冷ややかな声が心の中を突き抜けてゆく。
しかし、ここで黙って引き下がるわけには行かない。何としてでも、この壁を越えて進まなくては意味がない。
何のためにやって来たのか。ただ、あかねに会いたいという想い一つだったというのに。顔を見ずに帰るなんて耐えきれない。

「きゃあっ!!!」

藤姫の悲鳴が響く。ふわりと彼女の身体は宙に浮かび上がり、軽々と友雅の両手で抱きかかえられた。
「と、と、友雅殿っ!! 離してくださいっ!!!」
じたばたと激しく身動きするが、幼い身体は彼の手の中では自由に動かない。
「どうしてもそこをどいてもらえないようだからね。申し訳ないが実力行使に出るしかないので、大人しくしていてもらえるかな」
余裕の笑顔を近づけて囁く友雅をかわせるほどの冷静さは、この幼い姫君にはとうてい皆無。大の大人の女人でさえも、あの笑顔を向けられたら……金縛りにあったように何も出来なくなる。

抱えられた藤姫を見やる侍女たちの慌てる姿さえ目にくれず、友雅はそっと彼女の身体を反対側へ下ろした。
「悪いね。彼女の部屋に向かわせてもらうよ。」
わたわたした彼女たちが気を緩めたすきを見逃さずに、友雅は即座に防御壁を取り除いた渡殿へと向かった。


-------君に会いに来たのに、顔も見ずに帰ることなど出来ないよ。
-------会いたくないと言うのなら、会いたいと思わずにいられないほどに抱きしめるまでだ。
-------君に触れずにいられないなんて、ここにいる意味がない。

頬をかすめる風は、うっすらと冬の気配を漂わせている。





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Megumi,Ka

suga