「小さな白雪姫には、これ以上ないぴったりの品種だよ」
穏やかかつ艶やかな声に振り返ると、橘家の主人がデッキから庭の様子を眺めていた。
子どもたちがこちらへ駆けてくるよりも先に、友雅はサンダルに履き替えて彼らの元へと歩いて行った。
「王子様のバラはどうかな」
「大丈夫っすよ。今年は特につぼみが多いっすね」
千歳のバラと同様に、文紀のためのバラも植えた。
選んだ品種は『スイートドリーム』。花の形が美しい、これも同じく小さめのバラ。
「白雪姫に合わせて王子様の名があるバラが良かったのだけどねえ」
あちこちの業者に探してもらったが、希望するような品種は見つからず。
それらしいものがあっても『シュネープリンセス』に合わせるには大きかったりで、結局"王子様"の名前は断念した。
後日、樹系や色などに絞り込んで、ようやく選んだのがこの『スイートドリーム』だった。
「兄様のバラはとても素敵よ。淡いオレンジで、花束みたいに咲くのよね」
「うん、僕もこのバラは好き。色も形も綺麗だし」
男の子にしては少し華やか過ぎるかと思ったが、咲いてみると美しくて凛とした気品もある。
小さくても立派な姿形は、やはり彼に相応しかったなと友雅は少し自画自賛した。
「で、もうひとつはーーーーーーー」
「まゆきのバラはみんなで選んだのよねっ!」
最後の鉢植えのバラは、これまでのものより株が小さい。
一番幼いまゆきのために植えたので、年期が短いためだ。こればかりは仕方ない。
しかし、それでも手入れを怠らない育て方のおかげか、毎年他のバラに見劣りしないくらいの花が咲く。
「選ぶのに大変だったのだよ、毎日家族会議をしてね」
白いバラが多いから、それ以外の色が良いだろう。
では何の色にするか。パステルオレンジの『スイートドリーム』と調和する、淡い色合いにしようと決定。
ピンク?イエロー?赤?紫やブルー系も良いが、まゆきにはもっと可愛い色が良いと千歳が譲らない。
そういうわけで暖色系に決定。花の大きさは千歳と文紀の花に合わせて小さめで。
「で、厳正なる選考の結果、このバラに満場一致となったわけだよ」
『マルゴズシスター』。
3cm程度のコロンとしたカップ咲きのバラ。
全体的には淡いピンク色だが、時折濃いめの色になったりするのが目にも楽しいし、何より色も形も可愛らしい。
「まゆきにぴったりのバラでしょ?可愛くて!」
いつまでたっても千歳の妹びいきは醒めることはない。
兄の文紀はというと性格の違いもあってか、目で見て分かる溺愛ではなく後ろから見守っているような感じ。
それでも彼の愛情はちゃんと伝わっていて、文紀が帰宅するとき真っ先に飛び出してくるのはまゆきだ。
白、オレンジ、ピンクの優しい三色のバラが、寄り添うように咲くこの季節。
仲睦まじい子どもたちの姿と重なり、ただの裏庭が楽園に思えて来る。
「イノリくん、お茶の用意するけど中にする?それとも庭に運ぶ?」
部屋の中から聞こえたあかねの声に、まず友雅が反応する。
「今日は晴れているし暖かいから、庭の方が気持ち良いんじゃないかい」
「分かりました。こっちに運びますね」
「じゃあ私も運ぶのを手伝おう。その間、テーブルと椅子を用意しておいてくれるかな?」
「はーい!」
子どもたちにも仕事を与え、友雅はあかねと共に家の中へと戻って行った。
ぱたぱたと急ぎ足で、千歳たちは庭の奥に向かう。
ログハウスみたいなカントリー調の洒落た物置の戸を開けようとするのを、後から来たイノリが代わりに引いた。
「いくらなんでも重いだろ。俺も手伝ってやるよ」
「まあ、お客様にそんなことさせたら母様たちに怒られちゃう」
「お客様って、俺らからみたらみんなが客だぜ?」
造園業のイノリたちにとって、橘家は大切な顧客。
何よりも、生まれたときから彼に懐いている子どもたちは、イノリからすれば可愛い弟妹みたいな存在なのだ。