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世間で義理チョコが肩身を狭くしている中でも、ここだけは今でも猛威を振るっている。
フロアの半分を占めたスペースに、所狭しと並んでいるのはチョコレート。
あれも、これも、それも、あっちもこっちもすべてチョコ。
『チョコレートパラダイス!』と銘打った売り場のキャッチコピーは、嘘偽りなどみじんもなかった。
「きゃー!どうしよう、どれ買おう!?」
甘くほろ苦い香りに包まれた中、テンションが急上昇する。
ラッピングのカラーまでも、あかねたちの気分を盛り上げる力は絶大だ。
「じゃあ30分は自由行動!おやつにするチョコは、それぞれ1000円のものに限定ね」
他のスタッフから集めて来た軍資金は3000円程度。職場用のお茶菓子は、3人でひとつずつ購入することにした。
あとは個人でいくらでも、いくつでもご自由にお買い物OK。
かごを手に取って、いざフロアの中へ。
「30分で選び終えられるかなあ」
楽しすぎる悩みに顔を緩ませつつ、あかねはメーカーのブースを次々と見て歩く。
海外の高級ブランド、国内の有名メーカーやホテルのショップ。
最近はSNSなどで地方の菓子店情報も一瞬で伝わるため、個人経営のショコラティエが作ったチョコも結構多い。
それらに負けてはならないと、普段づかいの製菓メーカーもこの時期は力を入れてくる。
「たった30分で選べる自信ない…」
あかねはこういう時に、悩み過ぎて決断が鈍る。
食事のメニュー選びや買う服を選ぶ時など、いつも友雅を困らせてしまう(彼は嫌な顔ひとつしないけど)。
しかし、迷ってもいられない。
今一度、買うチョコを頭の中で整理してみよう。
職場のおやつチョコ1000円、お父さんへのチョコ、あと。天真くんにひとつ。
「自宅用が一番選ぶのが大変そうだなー…」
きょろきょろして、足を止めて、の繰り返しをしながらフロアを歩きまわる。
午後8時の閉店まで1時間足らずなのに、チョコレートフロアは客足が減る様子はなかった。
-----30分後。待ち合わせの場所に戻って来た。
客が多いため、当然レジで精算するにも時間が掛かる。
一人ずつ並んで会計を済ませ、あかねは一番最後だった。
「お会計、12580円となります」
その声を聞いたとたん、同僚たちが目を丸くして振り返った。
チョコレートで10000円超えって、どんだけ大量のチョコを買ったのだ!?と思ったら個数はそれほどでもない。
「ちょっと!あんたどういう買い物したの!」
あかねは休憩スペースに連れて行かれ、紙袋の中をひとつずつチェックされた。
1000円のお茶菓子用詰め合わせ、個人的な贈り物チョコが2〜3個。
問題はその他。よく見ると有名ブランドのものや、海外のショコラティエものが。
「このボンボンショコラ、5200円するんですよ」
こっちは2800円、これは2200円、それと…(以下略)。
「ねえ、もしかして本命用?ってことは橘先生の分だよね。先生ってチョコ大好きなの?」
「お酒と一緒に食べたりしますよ」
だからってこんなにたくさん買わなくても、と思ったが、それにはちゃんと理由があった。
「もうバレンタインに贈り物はしないんです。そのかわり、美味しいチョコを買って二人で食べようって決めてて」
つまり、職場の義理チョコ終了と同じ。
本命の彼にプレゼントをしても、いつだって彼はそばにいるのだ。
そして多分彼のことだから、チョコをおすそわけをしてくれる。
「それなら最初から二人用に買っても同じでしょ、ってことになりまして」
「あー…そぉ…」
紙袋にぎっしり詰まったチョコレート。
いや、このフロアに並ぶ商品のすべてが、今の話を聞いて溶け出しそうな気がした。